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予防歯科の現場

予防歯科最前線 vol.1 はからずも開業して3年半「医療の品格」を大切に日々地域医療に取り組む えづら歯科クリニック 院長 江面 陽子先生

江面陽子先生 略歴

昭和63年
東北歯科大学歯科部卒業
東京医科歯科大学歯学部付属病院勤務
平成6年
埼玉県総合リハビリテーションセンター勤務
平成9年
東京都老人医療センター勤務
平成11年
山王病院勤務
平成17年
えづら歯科クリニック 開業

人口12万人余の栃木県佐野市。15歳未満の年少人口率は13%で全国806市区中505位、65歳以上の高齢化率は23%で同じく401位、日本の平均的な中堅地方都市のプロフィールといえます。ここ佐野市で地域に密着した歯科医療を目指す「えづら歯科クリニック」は開業して3年半。
痛くなってから行く歯医者さんから、痛くならないための歯医者さんを目指し、いつまでの自分の歯で食事が出来ることを目指して医療活動を続ける、えづら歯科クリニック院長・江面陽子先生に、お話を伺います。

病院歯科をめざして研鑽を重ねる

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私自身、開業医になるとは全く考えていませんでした。
東北歯科大学卒業後に東京医科歯科大学で当時の卒後研修医を2年間やらせていただきました。
1年目に保存、補綴、外科の各科を回り、2年目の総合研修ではユニットを1台与えられ、すべて自分の判断で治療方針を立てました。もちろん治療は各科の先生方のアドバイスや指導をいただきながらですが。自分自身、高血圧の患者さんや、どのような状態の患者さんも診療できる歯科医師になりたいと考えていましたので、この経験は私にとって非常に有益でした。
2年間の卒後研修が終わってから、歯科治療に必要な歯科麻酔科の医局の門を叩きました。2年間医局におりまして、認定医の資格をとってから程なく、大学からの派遣で埼玉県総合リハビリテーションセンターにまいりました。
そのセンターは先天性の知的障害者や、脳卒中などの中途障害者など障害をもつすべての方を対象にしているところです。患者さんのリスクを全部自分で評価し、一般医科の医師と打ち合わせながら、患者さんに最適な治療を考え行います。

知的障害者の治療の場合には行動管理がうまく出来ないために全身麻酔を使うことがありますが、そこで歯科麻酔の技術が役立ちました。そんな現場を2〜3年経験しました。これが歯科麻酔科から障害者歯科の分野に興味を持つひとつのきっかけになりました。
その後に、東京都老人医療センターに移り、多くの高齢者と接しました。ここの患者さんは障害者と違って意思の疎通や、普通に治療はできるものの、いろいろな病気を抱えている方が多いのが特徴です。歯科麻酔の勉強や、さまざまな卒後研修の経験の積み重ねがそこでも大変役立ちました。その後もいろいろな病院歯科を回り治療の時期を過ごしました。

当時、私の頭の中には、自分の将来は病院の中の歯科、病院歯科をやっていくことしかありませんでした。さまざまなリスクを持った患者さんの診療に、一般医科のバックアップ体制の整っている環境がとても貴重だったのです。そのために、インプラントなども含めいろいろなことを勉強しました。矯正以外の治療ならオールラウンドにできるようにしました。歌って踊れる歯医者さんというのが、私のモットーです(笑)。
そんなわけで、私の頭の中には「開業」という文字はまったくありませんでした。

突然の開業決意、1年で開業へ

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えづら歯科クリニック外観

では何が開業を決意させたかといえば、おセンチと言われそうですが「家族への想い」でしょうか。
私には医師の弟がおりました。この「えづら歯科クリニック」の敷地には父が「江面外科胃腸科医院」を開業していますが、当然のことながら弟が後を継ぎ、父のサポートをしてくれると思っていました。ですから私は歯科医として病院歯科を目指し、好きな道を歩んでいました。しかし、その弟が病で急死してしまったのです。そこで、弟の代わりはできないまでも、父のそばにいて、父が長年やってきた地域医療を自分も一緒にやっていこうと決意しました。

突然の決意ですから開業の準備はゼロでした。病院歯科医をめざした私は、何でもできるようにとスキルはこなしてきましたが、いま思えば開業に必要なスキルはまた別にあったと思います。地域の歯科医師会との関わりや、地域との関わりもありますが、一番大きな問題はお金のことでした。本当に「1年でよく開業したな」とは思います。
私が恵まれていたのは父が長年地元で開業医をしてきたということです。だから地域の方もスムーズに受け入れてくださいました。「親の七光り」をしっかり浴びました(笑)。

土地を父に借りた以外は、建物と設備一式の資金は全部自分で調達しました。開業前夜に「こんなに準備が面倒だったら、早く開業してしまいたい」と思ったくらい、大変な作業量でした。しかし、いざ開業してみると想像以上にやることがたくさんあり、今度は「これがずっと続くのか」と思ってしまいました。
治療に関しては、今まで好きなように研鑽を積ませていただいたので、自分が思った通りのことをするために、どうやっていこうかということだけを考えれば良かったと思います。

しかし、今度は経営者ですから、経営そのものからスタッフとのやり取りも考えなければいけません。治療以外にやることがたくさんあることを実感しました。

開業して分かった「ネットワーク」の大切さ

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私が考える地域に根差した医療とは、やはりいわゆるホームドクターだと思います。
日頃の治療の他に設備の充実した病院での治療が必要な場合は、ホームドクターとして適切な病院を選択し紹介することや、患者さんの情報をきちんと伝達するなどの役目があり、転居される患者さんには、移転先の先生を紹介することも必要です。
障害者歯科時代に小児歯科専門の先生から教えをこい、混合歯列期の子供を大切に診てあげるとむし歯も減るし、ちょっと手伝ってあげると、矯正もせずとも歯並びがきれいになるということも教えていただきました。ですから私は混合歯列期のお子さんを積極的に診るようにしています。
大学を卒業して20数年の間に築き上げた自分のネットワークは、開業したことで活かされてくるのが最近よく分かってきました。
一方、患者さんのネットワークも大切にしています。「入れ歯が良かった」と言っていただき、ご友人をご紹介いただいたりもします。
やはり開業したからには、経営者としてしっかりやっていかなければなりません。3年半でカルテのナンバリングが四ケタを超え、これが多いのか少ないのかはわかりませんが、明日患者さんが全然こなかったらと思い眠れない夜を過ごした私にはありがたいと思っています。

初診の患者さんはカルテを作ったら最初に私が待合室まで迎えに出て「江面です。こんにちは」と言ってから診察を始めます。その時に患者さんは例外なく「歯医者さんが嫌いで嫌いで」と言います。もう合言葉のようです。
ホームページにも書いてありますが、痛くなってから行く、痛くならないと行かない、という現状をなんとかしたいという気持ちは強いです。開業して以来、メンテナンスだけはなんとか定着させようと思ってきました。やっと最近、少し前進したかなと思っています。

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